ドイツにおけるウィペット繁殖の現状 〜あるブリーダーの苦言
c0198524_16311062.jpg
先日ドイツのあるブリーダーさんのブログに非常に興味深い記事が記載されているのを見つける。テーマは「繁殖」。今日はいつもの写真ブログとしてではなくて、ちょっと真面目にドイツにおけるウィペット繁殖の現状について、このブリーダーさんの記事を参考に書いてみようと思う。




まず最初に、ドイツにはWCD(Whippet Club Deutschland/ドイツ・ウィペットクラブ)とDWZRV(Deutscher Windhundzucht und Rennverband e.V/ドイツサイトハウンド協会)の2つのウィペット繁殖を公式に認可する団体があり、ブリーディングをはじめるにあたりどちらかの団体の認可を得なければならない(どちらの団体もVDH及びFCI公認)。
これらの団体から繁殖の認可を得るには、書類を揃えて申し込めば簡単に犬舎登録が出来るという訳ではなく、繁殖に関する十分な知識、土地(ドイツでは庭の無い共同住宅暮らしでは繁殖は許されない)及び繁殖に割ける十分な時間を有しているかが問われ、また繁殖するに相応の経済的余裕はあるか(繁殖はあくまで趣味であり金儲けのビジネスではない為)、犬以外のペットの有無(子犬のときの社会性の開発のため)等、十分な環境及び繁殖の知識がなければウィペットに限らずどの犬種でも繁殖の認可は降りない仕組みになっている。

この仕組みはSchwarzzucht(闇繁殖)と呼ばれる、犬種の保存を目標とする本来の意味での繁殖を著しく損なう素人繁殖を防ぐ為の手段として(素人繁殖で生まれた子犬達には血統書は下りない)、また金儲けの為だけの乱繁殖を防ぎ、強いては「命」を商品化しない目的も含まれている(ドイツでは希少犬種だとか、珍しい毛並みの色だからといって子犬の価格が高価になるような事は無く、どの犬種であろうと一律の料金(これは繁殖した子犬を引き渡すまでにかかった料金で儲けは含まれていない)で取引する事が定められている)。
c0198524_16413472.jpg
さて、ココからやっと今日の本題。

ベルリン近郊在住のドイツ・ウィペット界でも老舗のブリーダーさん(ウィペットについての専門書の著者でもある)のブログに『Züchtern Einstieg erschweren!(繁殖をはじめるという事は難しい!)』というタイトルの非常に興味深い記事が更新されていた。内容はタイトルの通り、最近目につきはじめた無責任な新たなブリーダーへの苦言。

この記事を簡単にまとめてみると、ある日WCD所属の今回初めてウィペットの繁殖に着手した新参ブリーダー(仮にAさん)から昨年WCDからDWRZVに所属を移したブリーダーさん(このブログの著者のSWさん)のところに「うち(Aさん)で4月に繁殖した子犬を引き取ってもらえないか?」という内容の電話がかかって来る(この時点でAさんとSWさんは全く面識がない)。
何でもこのAさんは今回初めてウィペットを繁殖してみたものの、貰い手は全然見つからず、自分はヤンチャな子犬達の面倒に精根尽き果ててしまった。しかも誰も助けてはくれない。今では二度とウィペットの繁殖などしたくないし、母犬も売っぱらう(!)つもりだという。
こんな驚くべき予想外の事態が突然古参のブリーダーSWさんの前に降り掛かり、一体現在のドイツにおけるウィペットの繁殖はどうなってしまっているのかと危惧したSWさんは、まず過去三年間のドイツにおけるウィペットの新参ブリーダーの数を調べてみる。するとなんと過去三年間で30以上も犬舎が新たに登録されていた事実に驚愕。これでは子犬の貰い手が見つからないのも納得だし、新たにブリーディングに参入する意味(チャンス)が全くない事にSWさんは気づく。
c0198524_17165079.jpg
そしてSWさんはさらに「一体何を目的にコレだけの人達が繁殖をしなければいけないと考えるのだろう?そして多くの新参犬舎は「良い血統」を看板に繁殖を行っているけれど、実際には「良い血統」なんて殆ど実在しないし、そもそも「良い血統」とは著名な犬舎の名前を意味するものじゃない。
私はべつに新たに繁殖に参入する人たちを否定している訳じゃない。でも繁殖というのは皆が考えている程簡単で単純なものじゃない。こんなことを言うと否定されるかもしれないけれど、現在の状況は命の重さを考えない犯罪的な行為と言っても問題ないと思う。そして驚くべき事に、多くの新参の犬舎は初めてのブリーディングの後には、音沙汰もなくパタリと繁殖をやめてしまっている開店休業状態というのが現状ではないか!

一体何の為の繁殖なのだろう?自分の愛犬の子犬を見たいが為?それとも生まれて来る子犬がカワイイから?それともお金儲けのため?

繁殖をはじめるという事は非常に難しいのは良くわかる(自分も経験しているから)。でも繁殖をはじめる前によく考えて欲しい。子犬を繁殖するという事は決して容易な事では無いという事を。
現状として800匹のウィペットの子犬が一年間に生産(あえてこの言葉が合っていると私は思う)されていて、トレンド犬種のチワワや Coton(フランス原産の愛玩犬)のように一般的でないウィペットを、それも何の実績の無い無名な新参ブリーダーの子犬達が供給過多の現状で簡単に飼い主を見つけられると思うのか?
もし繁殖経験豊富なブリーダー達が次の繁殖を考える場合には、必ずすべての可能性を考えてから繁殖を行うのが常識なのに(貰い手が見つからなかった時の事も含めて)。
ウィペットという犬種は生後8週間から最も手がかかりその世話は骨の折れるものとなる。そして生後12週間以上の子犬を複数世話するというのは非常に難儀な事である(これは一度子犬達を半年、またそれ以上飼育した者なら容易に想像出来ると思う)。
そして誰も子犬の引き取り手がいなかったら一体どうするつもり?あなたの子犬の素晴らしい血統を宣伝するの?それとも子犬達のカワイイ写真を撮って素敵なホームペジを作る?でもそんなのは実際には全然役に立たない。重要なのはブリーダー自身の評判と実績、それと信用だから」と非常に痛烈に苦言を呈している。
c0198524_17254711.jpg
そして最後にSWさんは「Hundezucht in unseren Vereinen ist doch ein Hobby, oder?(犬を繁殖するというのは、私たちの属する団体ではあくまで趣味でしょう)」という言葉で記事を〆ている。
日本語で趣味(ホビー)というと軽々しいお手頃な印象を抱くかもしれないけれど、これは「あくまで子犬を生産して売るというお金儲けの為の繁殖ではない」という意味を含んでいる。

この記事を読んで僕も気になりWCD(Prestoのブリーダーさんが所属している)のHPのブリーダーリストを調べてみると、定期的に繁殖を行っているのは繁殖歴の長いブリーダーさんがやはり多く(ドイツではアルファベットの順に血統書名をつけていくので、すぐにどれだけ繁殖を行なってきたのかが容易にわかる)リストの実に3割を占める新参ブリーダー達は、SWさんが書いているようにここ2〜3年以内に2度目の繁殖を行なった形跡は全く見られず。またその間にショーへ参加した形跡も見当たらない。

ここで僕がとても気になったのは、この多くの開店休業状態の新参ブリーダーさん達は、その殆どが自らはドッグショーで賞を受賞しチャンピョンを完成させた実績のあるウィペットを一匹も所有していないということ。
c0198524_18224457.jpg
上記の犬種団体には勿論細かな規約があって(生後18ヶ月以内のメス犬は繁殖に用いてはいけない、生後8週間以内の親犬から離してはいけない(生後8週間以内の子犬の譲渡の禁止)等々)繁殖をさせる場合、少なくとも片親はショーで何らかの成績を収めている必要がある(ショーは見た目の美しさを競う場ではなくて、スタンダードに沿った健全な個体を見極める場であるから)。しかし多くの新参ブリーダーはノータイトル(その多くはメス)の犬を繁殖に用いていて、著名なブリーダー所有のオスのチャンピョン犬と掛け合わせている場合が多い(勿論、精力的にショーへ所有の犬を出展させて賞を受賞し、その上でブリーディングに望んでいる熱心な新参ブリーダーもいる)。

これがいわゆるSWさんが指摘していた「良い血統」を看板にしている新参ブリーダーの正体で、実際に繁殖に用いる犬をショーにすら出さない、(所有する犬の)評判も(ショーでの)実績も(他のブリーダー達からの)信用も無い新参ブリーダー達への苦言の理由だったようだ。

前述の新参ブリーダーのAさん。HPにはCottonの繁殖での実績がある事を「売り」にしていたけれど、実際には安易に繁殖させて直にお金になる(人気犬種だから)商業ブリーダー(ドイツには存在しない筈だけど)まがいの事をしていて、最近人気の出てきたウィペットも容易に繁殖して商売になるのかもと安易に考えた、実際には責任感の欠片も愛も無い繁殖を行なっていたようである(この記事が話題になった2週間後にAさんは自らのHPを閉鎖してしまった)。


最後に他のブリーダーさんが記載していた1999年から2009年までのドイツのおけるウィペットの出生数の推移を紹介しようと思う。
c0198524_1846858.jpg
驚く事にこの10年間でウィペットは3倍以上(!)の頭数が出生していて、2008年から2009年には驚く事に50%近く出生数が急上昇。そしてこのブリーダーさんは今年の繁殖届けの数から2010年はさらに出生数が上がるだろうと予測している。コレは明らかに供給過多であり、このブリーダーさんは今後のウィペットの繁殖のあり方に警笛を鳴らしていた。
c0198524_198359.jpg
ここに紹介したブリーダーさん達の苦言と危惧。これらは決して新参ブリーダー参入によって商売仇(ドイツでは繁殖は商売ではないけれど)が増える事への懸念ではなく、健全な犬種の保存と乱繁殖を防ぐという理念のもとで、責任を持って熱心に繁殖を行なっているブリーダーさん達の、ウィペットという犬種を心から愛しているが故の苦言だという事に僕は非常に深い感銘を受けたのだった。


※<追記>※ 犬との生活ををまじめに考えるブログ『dogactually』にて、ベルリンで獣医師をされている京子アルシャーさんの『ドイツの動物保護法の取り組み』という記事にて、ドイツにおける犬の繁殖及び動物保護についてがより詳しく、より簡潔に書かれています。
どうしてドイツでは商業目的の大型繁殖場が成立しないのか、繁殖が何故ブリーダー達の手に委ねられているのか、どうしてペットショップで犬の生態販売が無いのか等々非常に興味深い記事ですので是非皆さんご覧下さいませ(併せて文中の各リンクへ飛んでみるととさらに興味深い記事も)。


にほんブログ村 犬ブログ ウィペットへ
にほんブログ村
by presto-presto | 2010-08-15 19:17
<< 久しぶりの森散歩 〜琥珀の首輪... 2010 Windhund F... >>



-僕とパートナー・Tと共にドイツで暮らすウィペット・プレストとの日常の記録。                 Presto:2008年9月18日生まれの♂のWhippet。           
by presto-presto
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30